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読書は情報を得るためではなく、気持ちに共感するためである。

今日(?)発売の見城徹さんの「読書という荒野」を読んでいる。

当たり前かも知れないけど、読書って情報を得るためではない。100歩譲って情報を得るためのものだとしても、字面だけ、言葉だけの文章は、記憶に残らないし、故に血肉にならず行動に活きない。

記憶に残る読書は必ず感情に響く何かがある。宮台先生が感情の劣化を言って久しいけど、読書って感情を取り戻す営みだと思う。最近だと気持ちの平準化にVoicyがすごく役に立っている。

無料であそこまでのクオリティのものが聞けるのは本当にすごい。かほこさんのVoicyはほんとうに勉強になり、仕事を頑張ろうという気持ちになる。

話がそれたけど、この見城さんの本の中では、読書は著者の人生に触れること、それによって他人の人生を自分の中に取り込むことだ、というような内容のことが書いてあった。

そう、読書は気持ちを表す言葉を見つけるためにある。日々、力強く行動するためのエネルギーを得るためにある。

まだ途中だけど、そんなことを思います。

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toshi
名前:Toshi 年齢:1990年生まれ 仕事:ソフトウェア 家族:妻と娘

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