価値観・考え方

「ニーバーの祈り」について考えたこと

「ニーバーの祈り」をご存知でしょうか?最近では岸見一郎さんの「嫌われる勇気」にも言及があることでちょっと話題になっているかもしれません。

Wikipediaに日本語訳が乗っていますが、有名なのはこの部分ですね。

神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。

変えることができるもの、と、変えることができないものを2つに分けて、前者は自分の力ではコントロールできず、それに対して何か行動を起こして変えようとあがいても意味がないので、そういったものに対しては冷静に受け入れましょう。後者については、勇気を持って行動を起こして変えていきましょう、ということです。

僕はこの言葉をカズオイシグロの「Never Let Me Go」の卒論を執筆中に、中野孝次さんの著作を通じて出会いました。

人の人生は有限ですね。人は皆、最後には「死」を迎えます。けれど、そのことを本当にわかっているか、というと微妙ですよね。特に自分のように20代の人間からしたらまだまだ60年後の話。そんな先の未来のことに現実味がないのは自然なことなのかもしれません。

小さい子どもの時なんてまさに他人ごとでした。「死」について言葉ではわかっていたし、実際におばあちゃんを小さい頃になくしました。けれど、それもどこか他人事。そのことに感情が伴っていなかったのです。

人生の時間は有限で必ず人は年をとり、体が弱くなって、最後には「死」を迎る。そのことを本当の意味で実感した時にものの見方や価値観がぐっと変わります。自分にとってはこの「Never Let Me Go」との出会いが、そのような変化をもたらしました。(同じ時期に読んでいた、村上春樹の「ノルウェイの森」も影響しているかもしれません。)

つまり、僕たちの生きている時間が有限であるならば、自分は今何をなすべきなのか。何を大切にして生きていくべきなのか。そういったことについて深く考えさせられました。

以上を踏まえた時に、冒頭の言葉は、変えることができないものに抗ったりするのではなく、変えることができるものとしっかり向き合い勇気を持って変えていこうという姿勢に結びつきます。

しかし実際に行動に移すのって難しいですね。「嫌われる勇気」では、じつはあなたはいろいろなことを「必要としている」だ、という切り口で説明しています。何か自分が目的ややりたいことがあるのにそれに対して行動しないのは、行動しないことを必要としている。行動することによって経験するさまざまなことを恐れているのだ、と。その恐れには人間関係が絡んでいるんだ、という指摘が嫌われる勇気の面白いところですね。

人は何かを恐れて、今本当にするべきこと、やるべきことがなかなかできません。しかし、今生きている時間は二度と訪れないこと。そして、人生が有限であること。このことを本当に強く意識させられた時、私達は本当にするべきことに対して自然とモチベートさせられ、行動を起こすものなのでしょう。

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名前:Toshi 年齢:1990年生まれ 仕事:ソフトウェア 家族:妻と娘

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